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ファーマー

Author:ファーマー
風とともに生きよ。 土とともに暮らそう。
3万円で軽トラ買いました。

※協調性はありません
※予想の斜め上をいくような、ぶっ飛んだコメントお願いします


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「スロットを一から教えて欲しい」という人が現れたので、まず「期待値」という概念を何度も説明した。
「期待値について分かりましたか?」
「期待値については分かりましたけど、やっぱりスロットってギャンブルだなって感じですよね」
いや全く分かってないやん。

誰もクリックしないのでブログの左側にあった広告を外した。何故かこのブログからキャンプ道具がちょこちょこ売れているので、アウトドア商品の広告に変えた。コメント欄やブログの左右が白くなって見やすくなった。かなり最初から見にくい状態だったのに、直さず今まで放置していたことに驚く。

コメントを頂いたのでまさかの続編。

>「断っといてあげようか?」「うん」
>これだと彼女の本意がファーマーさんにバレバレじゃないですか。つまり「私○○さんの事嫌いなの」と言ってるのも同然。

自分の事となると盲目になるのだが、他人の恋愛感情や好意の有無ははっきりと見えるから不思議だ。私は彼女の気持ちを察していた。すでにバレバレだった。だから気持ちを隠す必要なんてないのに、というただそれだけの話。
彼女に気を遣っていたというよりは、興味がない人間へ連絡を送りたくないという、自分のエゴだ。

「今度○○さんと自分でイベント行くんだけど来る?」
「ゴメンナサイ、その日先約があるから無理そうです」

この内容で送った場合、次の展開はこうなることが容易に予想される。

じゃあ、予定変えてみようか。
「○○日だったら来る?」
「ゴメンナサイ、その日もちょっと」

イベント自体を変えてみようか。
「じゃあ今度〇〇さんが違うイベントあるって言ってるんだけど」
「なんか、最近体調悪くてその日は風邪引いちゃうかも」

などなど、ただでさえ無駄なやり取りが私を介して行われるであろう。
本心を分かっていながら、それに気付かないふりをして取りを続けるなどスマートとは正反対。
それが世間一般では正しいとされることも標準的であることもマナーであることも理解はしている。
大阪の人間の御多分に洩れず、せっかちで思ったことをはっきりという私が考えるスマートなやり取りはこう、
「(○○さん嫌いでしょ)断っといてあげようか?」
「うん」
で、最もベストな回答はこう、
「今度○○さんと自分でイベント行くんだけど来る?」
「私○○さん生理的に受け付けへんねん。笑った顔がキモいし話おもんないから愛想笑い疲れるねん」
ここまではっきり言ってもらった方がスッキリするしお互いのためではなかろうか。
こっちの人間のオブラートに物を包む言い方が肌に合わない。オブラートなど剥がすのが面倒なだけなのに、何故それを良しとするのだろうか。

以下は彼女に限らず、スロット仲間やスロットを教えて欲しいと言ってきたダメな人を見て感じたこと。
ちょっと先のことに考えを巡らせることで、未然に防げることや、うまくいくことは多々あるはずなのに、それができない。とにかく考えない。想像力が欠如している。思考停止というより、脳が戦闘放棄している。まるで捨て身で生きているようだ。
それでいて怒りの感情はあるし人の成功を妬みもする。「選ばれるのはなんで私じゃないの?」と思っている。
人の成功を素直に喜ぶことができない。
周囲の人は、そんな人に手助けをしない。手を差し伸べるなら他の誰かを選ぶ。だから成功しない。そして妬む。抜け出せない負のループに陥っている。でも、その負のループから抜け出そうとはしない。
考え方に柔軟性がない(かといってストイックなほどの信念や良い意味での頑固さもないけど)。その時点で致命的に駄目。
損得勘定で行動し自分のことしか考えてない。人を思いやることができない。
「いやいや、思いやっています」とか言うけど、口先だけで心から感謝してないし自分の保身のためにやってる。それらが廻りまわって結局自分が一番損しているのに、想像力が欠如しすぎてそのことに気付けていない。
知識は豊富だが人に語れるような経験がない。その知識もほとんどがネット。スマホでググれば出てくる程度。響く何かがない。端的に言うと分かりやすいメリットがない。

でも自分と関わらないのであればそれでいい。そういうダメな人ではなく、そういうダメな人に全力で関わろうとする人を見たときに、なぜか胸が痛む。

偉そうに書いてるけどそういうあんたはどうなのよって?
察した方じゃない方を察してよ。

察してよ

ちょっとした行事に、とある女の子を誘うよう頼まれたので、仕方なくLINEした。
「かくかくしかじかなんだけど行きたくないでしょ? 断っといてあげようか?」
するとこんな返信が。
「察した方じゃなければ大丈夫なんですが、どちらか分かりますか?」

どちらか分かるか以前に質問の意味が全く分からん。元々オブラートに包んで物を言う人だったので、やんわりとした断り方をしてくるだろうとは思っていたが、これは意味が分からなさ過ぎて愕然とした。
「どちらか」というのは、私が察したことなのか、あなたが何か察したということなのか。あなたが何か察しているとしたら、何か察したことのAかBかを私にどちらか分かるかを訊ねてきているのか。

ただ、「糞みたいな行事に行きたくないだろうな」ということを私も察しているよね。
だから、「行きたくないだろうな、だから断っといてあげよう」じゃないほう、つまり「断らないで」ということなのかと思い、
「来たいの?」
とだけ送ったら、
「私が察した方かもしれないので、断っといてください」

そうなるやん。
「断っといてあげようか?」
「うん」
で良かったやん。

私の国語力不足でこんなことになってしまったんだろうか。国語の成績はかなり良かったはずなんだけどな、と内心思いつつ、この話をすると、
「最近の若い子はみんなそんな感じだよ。ファーマー君が時代遅れなんだよ。ちなみに彼女は高校生のとき、国語の成績優秀者が集められて参加する何かの大会行ってるから」
と言われたので、私の国語力不足と時代に付いていけていないことが原因だったようだ。

「僅かな時間で誰でも簡単に百万円稼げます」
みたいな言葉に条件反射のように「怪しい」と思ってしまうのは当然。それは分かる。でも話を聞くところまではやった方が良いのではないか。
私なんかは怪しいとすら思わずに、何故そんなに稼げるのだろうか、どういうからくりなのだろうか、と気になって根掘り葉掘り聞いてしまう。聞いたうえで適当な理由を付けて断ればいいのだ。

この世にうまい話というのはある。

人一倍欲深く、人一倍金が欲しいと願いながら、うまい話に耳を貸さないのは何故だろうか。騙されるのが恐いのかね。騙す価値すらないのに。そんなに自分のことを凄い人間だと思っているのかね。その他大勢の中で齷齪しながら、人より優れていると信じていたいのかね。

固定観念は悪、先入観は罪。

日当35000円、食事付きという話が回ってきた。私は金に困ってないので周囲の人に勧めたが断られてしまった。仕方がないので私がやることに。金に困ってない私が、金に困っている奴らより働くなんて、なんともおかしな話し。

「頑張った分が正しく評価される、アットホームでまったりゆっくり働きやすい職場です」
こんな文句で給料を安く設定した方が働きたくなるんでしょ。知ってる。
これで求人出して誰か変わりに働いてもらおうかしら。

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