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ファーマー

Author:ファーマー
風とともに生きよ。 土とともに暮らそう。
3万円で軽トラ買いました。

※協調性はありません
※予想の斜め上をいくような、ぶっ飛んだコメントお願いします


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年末なので一年を振り返る。

仕事を辞めて引っ越して、小屋を建てた。焼き芋が売れず、金が無くなって働いた。アル中になった。
僅か二行の事である。それを恥の上塗りを繰り返すように、ごちゃごちゃ書くだけのブログにしてしまった。画像をちゃちゃっと載っけて、一言コメントを書いとけばよかったのだ。何だこのブログは。

自分が正しいと思う事を行っているだけなのに、それが人とずれているから「変わり者」と呼ばれてしまう。本人に自覚は全くないのだが。そんな周囲とのずれのせいか、変わり者と呼ばれるような人は人間嫌いに陥り、機械、自動車、バイク、電気など、人間以外の物に興味の対象が向かいやすいのではないか。もしくは、人間に興味が無いが故に変わり者と呼ばれてしまう人もいるだろう。機械のように冷たい人間のように思われてしまう事も多々あるが、情に厚く、心根の優しい人が多い。動物好きも多い。

十数年振りに叔父さんに会って色々知った事だが、畑をやっていて、トマトでかなり収入を上げていた。壊れた機械をたくさん引き取って、修理して人に譲ったり売ったりしてた。その為のガレージも作っていて、中には草刈り機五台を始め、原付、メグロのバイク、TDR80等、五台程のバイクがころがっていて、車はバンに旧車にセダンの三台がナンバー付きであった。ちょっと前はトラクターを三百万だったか忘れたけど売ったと言っていたし、井戸の掘削機も三十万で売ったから今は無いと言っていた。

それらは趣味として休日にしているだけで、ちゃんと会社勤めしている。田舎の会社だから給料等も安いのかと思いきや、厚生年金に加え、企業年金もあるのだから驚きで、もうすぐ定年、老後は安泰。車三台を持てるのも納得がいく。周囲の耕作放棄地をいくつも借りて米を作り、養蜂もやっていて、二箱に蜂を飼っていた。2stのバイクをころがしておくというのは、私にとっての一つの夢である。正にそういう生活をしようと思って越してきたところ、叔父さんが実践していたので驚いた。経済的な余裕もできて、角が取れて丸くなったような印象も受ける。全くもって素晴らしい事だ。

実は叔父さんと会話らしい会話をした事がない。どこか近寄り難い雰囲気があるし、変わり者と言われる者同士反発してしまうのか。近くにいてもお互いが遠ざけあうかのようである。人当たりが良く、よく話しかけてくれる叔母さんに言葉を返すと、それを受けて叔父さんが叔母さんに喋るように会話が進む。叔母さんはまるで通訳のようで、叔母さん無しに会話は成り立たない。叔母さんが南から周囲を明るく照らす太陽のようなS極側の人だとしたら、我々は北側に出来る影のようなN極人間で、そんなN極はS極としか引っ付け無い。夫婦二人、仲睦まじく、並んでトウモロコシの苗を植える姿は羨ましくも、微笑ましくもあった。

叔父さんは自分の正しいと思う行いを貫いてきて成功したのだろう。綺麗な瞳をしている。それに比べ私は、自分の想いを貫けず、自責の念に駆られて過ごしているから瞳が濁っているのではないか。

ビニールハウスを建設し、トマトと無花果で収益を上げるのが良いのだろう。しかし、いざハウスを建設すれば水遣りを怠れなくなってしまう。収益が上がるまで、地に張り付いていられるか。貧乏、放浪癖という二つの持病があるので懸念している。

休みの日は昼間から飲むようになった。酒で胃がやられて、朝昼は味噌汁かけ御飯しか喉を通らなくなり、夜は少しの惣菜を酒のアテに食べるだけになった。素面でいるより、酔っている時間の方が長くなり、酔っている時こそが本来の自分である気がして、酔いが醒める事に軽い恐怖を覚え、すっかり連続飲酒状態に陥った。

歓楽街へ出掛けた。とても寂れた地であった。昼間からビール片手に徘徊し、ピンサロを探したが無かった。久しぶりに朝まで酒を飲み、時間が余ればサウナで時間を潰そうと思っていたのだが、上手く酔えず、馬鹿らしくなり最終バスで戻った。

三週間も一緒に過ごして、それなりに友情を深めたと思っていたS青年であるが、私などより気の合う友達ができたようだ。
「次の休みの日には歓楽街へ繰り出しましょう!」
なんて言ってくれていたのだが、そんな話は無かったものとされ、近頃は部屋にいない事がほとんどで、たまに姿を見せたかと思うと仕事を休んだり、友人を部屋に招き夜遅くまで下世話な話に興ずるようになった。やかましい時は、耳栓にヘッドフォンで音楽を楽しみながら酒を飲んでいる。小人閑居して不善を為す、彼はそのようになり、私はアル中になっただけである。そして今日も、
「クリスマスやからなんか素敵な事があるかもしれん」
と言いながら車がある友人と連れ立ってナンパへ出掛けて行った。

一方私は、食堂で曲がった箸を渡されてしまった。替えてもらうのも面倒だったのでそのまま使った。私の指定席としている食堂の隅まで台湾人が溢れて、大勢でクリスマスを祝っていた。不慣れな席に着いた事で変な焦燥感に駆られて、曲がった箸でポロポロとこぼしながら夕飯を食べた後は、部屋へ戻って「キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝う者、浮かれる者には天罰が下れ、雷に射たれろ」と念じつつウイスキーを飲んだ。

これまた堅気ではない仕事の誘いがあった。雇用形態はまだ詳しく聞いていないが、おそらくフリーランスだろう。フリーランスといえば聞こえは良いが、契約が取れなければ、はいそれまで、要は使い捨ての営業兵士。そうではあるが感情を殺して機械と一体化するような仕事の最中なので、魅力を感じてしまう。車の置き場所をどうするかという問題、大阪は滞在するだけで金がかかるというのもあるし、返事をどうするかは飲みながらゆっくり考えよう。想いを貫けず、目先の金に目が眩む。私の瞳は濁っていくばかり、こんな我にこそ天罰が下るのではないだろうか。

蒸し暑い倉庫の中で 30分の休憩をとり
つめ込むだけのメシを食べて 届かない窓へ手を伸ばしている

小人閑居して不善をなす、酒は夥しく量が増えた。自分から話しかける事の少ない爽やか青年にも、「ファーマーさん、ずっと飲んでますね」と言われてしまう始末である。事実、夕食時から飲み始め、部屋へ戻ってからも飲み、最後は泥鴨の如く酔って寝ている。相変わらず酒を飲むだけ、虚空を見つめるだけの日々である。

以前の寮生活では、寮生が乗り捨てていった自転車を自分の物として、行動範囲が広がったのだが、ここには自転車が無い。もし自転車があったとしても周囲にはコンビニ一軒も無い僻地である。爽やか青年も「暇やな」と暗黒の呪詛のように呟いている。

工場の仕事というのは単調なものである。ライン作業の場合、五分あれば覚えられるぐらい簡単な作業の繰り返しである。体の同じ部位だけを使うので、肩凝りや目の疲れが出やすい。あぁ疲れた。もう数時間経っただろうか。目も肩も疲れた。もう限界だ、と思い時計を見れば三分しか針が進んでいない、という有り様で、まるで精神と時の部屋である。精神的な修養、鍛練、その結果得られのは僅かな金だけで、その他には何もない。

仕事は五時に終わる。寮と仕事場も歩いて十分、風呂も飯も勝手に用意されるので時間が余る。談話室にマンガがあったので、部屋へ持ち込み、爽やか青年とずっと読んでいた。ONE OUTS、鳳、
ずっと読みたいと思っていた闇金ウシジマくん。

人生の落とし穴がそこらじゅうにあいている。

ちょっとした穴に
見えても
実際、深過ぎて、
一度落ちたら
上がれない。

でも本当は
……………

誰かが
手を差し延べて
くれたら、

簡単に
はい上がれる
程度の穴なの
かもしれない。

敵を作れねエのは
善人ぶって
自分に嘘を付く
弱い人間だ。

閉塞感が漂うひどいマンガである。鬱々としていて救われない。普通に生きている普通の人さえも相保証で追い込まれる。糧を得るために、限りなく黒に近いグレーな事をしていた時期もあるものの、金融屋だけは未経験だなと思ってみると同時に、よく闇金に手を出さずにやってきたとも思う。ふらりふらりと放蕩する根なし草ではあるが、危険を速やかに察する嗅覚と、直感のみに頼ってきた結果が、良くも悪くもこの現状なのだろう。
今は、それらも読み終えて、私も「暇やな」と呟いている。

私は尾崎が大好きだ。特に最初の三作が好きなので、それ以外はあまり深く聴いておらず、「酔いどれ」という曲がある事も、恥ずかしながら今知った。歌詞はとてもいいのだけど、曲はいまいちで残念である。やはり初期が良い。
酒に酔っては「僕が僕であるために」を歌いボロボロ泣いてしまう。全力で生きる尾崎の姿に泣いてしまう。DVDでFreeze moonのライブを見ては、MCに泣いてしまう。
「なぁみんな、夢はあるかい?夢を追い続けていくことができるかい?決して、決して自分に負けたりしないかい?決して夢が消えないように、そして夢が押し潰されてしまわないように、いつまでも俺は叫び続ける」
尾崎との約束を守れなかった自分の不甲斐なさにボロボロ泣いてしまうのだ。
尾崎が十代の時に作った曲が、いまだに私の心を捉えて離さない。尾崎は26であったが、偉大なロッカー達がそうであったように、太く短く、桜のように咲き、桜のように散る、全力で生きて27歳で死ぬ事が本望であったが、死なずに生きているという事は、偉大なロッカーではなかったという事。その歳もとうに過ぎて出がらしのように薄っぺらな人生、無味乾燥な日々を惰性で過ごしているだけなのだ。

「世の中になんの不平不満もないやつに物書きができてたまるか」
という作家の発言があった。全くもってその通り、不平不満の叫びが小説になり、不自由だったから自由を叫んで曲になった。
なら私は、何を叫んで何を創造すればいいのか。それすらも分からずに虚空を見つめるだけ、酒で慰撫するだけではあるが、同時に、春の日の暖からんことを、次に昇る日の、美しからんことを願っている。


何度目かの期間工である。工場は二交代、三交代の勤務としている所が多いのだが、今回は日勤のみという事でとても給料が安い。ここへ落ちるのはこれで最後にしよう。毎度そう思ってはいるのだが、人生行路、思うようには行かぬ、が人生である。

酒を断つ。そう決めた。私は酒好きであってアル中ではないのだ。日が沈むまでは飲まない、という自主ルールもほとんど守れている。酒が無いなら無いで諦める事が出来る。そもそも就労期間中は、気が張っているのと、疲労のせいで、飲むとすぐ寝てしまうのである。そうなっては時間が勿体無いので酒は持って来なかった。

私の同期は、若くてよく騒ぐ四人組、倒れたキャリーバッグを起こして上げた時に「シェイシェイ」と言った女性二人組、私と同じく影の薄い三人、男性か女性か判別できない、山のように大きな人の十人であった。

その影薄い一人と相部屋になった。私とそう歳が離れているというわけでも無いのだが、春風のように爽やかな顔立ちで、酒も煙草も博打も女遊びもせず、フットサルが趣味という真面目な好青年であり、比較すればどうしても私のおっさん臭さが、より明確に浮かび上がり、とても気が合いそうにない。

チューハイとビールが売っている自販機が目に留まる。飲みたい方を選ぶとすれば、ビールなのであるが、三百円は高い。氷結なら二本買える。勿論買うつもりなど無いのだが、考えているにうちに何故か手には冷えた氷結が握られており、これには自分でも驚いた。買ってしまったものは仕方ないので、少しでも酔うために空きっ腹に流し込み、漬物だけで白米を掻き込んで、残った惣菜でちびちび飲んだ。一本では足り無い。毎日働いているのである。二本までなら許そうではないか。そう決めた。食堂から自販機へ買いに走る。面倒臭い。こんな事をするなら、端から氷結を買って行けば良いのだ。

結局は、食堂の隅で、テーブルに三本の氷結の缶を並べつつ、夕飯を食うようになった。中の良い者達で集い、楽しげな時間を過ごす中で、無為な時間を過ごしているのは私だけである。客観的に見れば不気味な姿として映るであろう。我自身を不気味に思っているのだから。台湾女性は見目麗しいのが多いが、この場にいる女性達も例外ではなく、地上の汚れを知らぬまま、高山の風に靡く花のようで、その風姿を肴として飲む事を密やかな楽しみとしていたのだが、パーマを充てた騒がしい男達との、片言の日本語を用いた関わりが頻繁に目につくようになり、地上の汚れに染まっていく事へか、締めのウイスキーが無く飲み足り無い事へか、どちらとも付かぬ寂寥を覚え、虚空を見つめつつ最後の一滴まで飲み終えた後は、空き缶を回収ボックスへ捩じ込み、爽やかな青年が待つ部屋へ引き揚げるだけの日々である。

高く立ち上るコーヒーの湯気を見つめるばかりで時間が過ぎていく。憂鬱がネバネバと私の身体にまとわりつくようで、何もする気が起きない。座椅子に絡めとられたかのようだ。動けない。立ち上がる事ができない。

いざ立って、一歩踏み出し、倒れそうになる前に、もう片方の足を出す。それを繰り返すだけで、「簡単に歩ける」という事は知っているのだ。ついでに片付けでもすればすっきりして、幾分気が晴れる事も知っている。だが、それが出来ない。憂鬱なのである。

こんな様を医者に見せれば、
「鬱ですね。寝れない?じゃあ不眠症の薬も。急に不安になって目眩と動悸が起きる事もある?じゃあパニック障害っと」
と診察する。

私は鬱なのか?病気なのか?違う。
違う、違う、違う!
お前らは、ぽんぽんっと判子でも押すように、人にレッテルを貼っているだけだ!
レッテルを貼るな!私は病気ではない!

太陽が昇る。万能一心な祈りが通じたのだ。大きすぎる慈愛に、雪の野望はついに敗れ去った。壮美な陽光がこの世界を満たし、その光からこぼれる粒をソーラーパネルが拾う。

1500円で買った割には音が潰れる事のない、低音を効かすため、ドンシャリ気味にセットされたアンプ、1LA-106からゴリゴリとしたベース音が響きだす。スマホがあるので、常時ネットができるのだ。野外ライブの映像がスマホに流れる。温泉でも、ライブでも、食事でも、なんでも野外が好きだ。解放的だから。解放?何から解放されるのだろうか?抑圧。そうだ。抑圧だ。私は抑圧されている。だから憂鬱だったのだ。

しかし、憂鬱は吹き飛んだ。アンプの発する音は最高に良い。彼らと共に叫び、喉を引き裂いている。ノッている。踊っている。最高のグルーヴィーを感じている。狭い家の中に身を置きつつ、精神は彼らと共に野外にある。最前列だ。太陽の光が、私と彼らを繋ぐ。世界は溶け合っていく。全て消えていく。幸福に身体が包み込まれていく。

それは夢だったのだろうか。現実は働いているのである。
人類に課せられた懲役。足枷。呪い。理不尽との戦い。
そして、また抑圧されている。憂鬱だ。

されど先立つものは金である。仕方ない。やつれたおっさんプロレタリアが稼げる金など高が知れている。数ヶ月働いて五十万である。金の使い方で人の全てが決まるというが、その金をどう使うか。

史上命題は宗谷岬
井戸と風呂
家の断熱と内壁
生活費
ラーメンと焼き芋の移動販売
山を買う
畑にビニールハウス建設
焼窯と焼き物作り
徒歩旅行
薪ストーブ
南極旅行
軽バンを買う
未納分の税金の支払い

来年度の計画を兼ねて、ざっと書き出してみたが、全く足りそうにない。期間満了後は別の工場へ行こうか。まるで工場渡り鳥。労働は続くよどこまでも。

博徒

(このブログは全てフィクションです。日本では、賭博は法律で禁止されています)

まだ幼い頃、じゃれついて父の肩に触れた時の事だ。
「勝負師の肩に触るなっ!」
一喝された。普段は怒る事ない、温厚な父に、である。事実、父は勝負師であり、また、博徒であった。

先刻まで夕飯を食べていた父の姿が見当たらない。階段の方に目をやると、二階から灯りが漏れている。階段を駆け上がり、寝室に飛び込んで息を呑む。

日本刀の刃先にキラリと反射する蛍光灯の光を見たのだ。父は刀に打粉をかけながら、ちらと顔を向けるが私をみやるでもなく、
「たまには油塗らな錆びるんや」
そう呟いた。その姿は、ひたすらに一心であった。私の口を閉じさせる凄みがあった。

二十年の後、その所作の本当の意味を知る事になる。
知人を前に、酒を飲んで顔を真っ赤にした父が語った。
「負けが込んでくるやろ、どうしても落ちついてられへんようになる。刀を出して、精神統一して油をスッと塗る。そうすると不思議とリズムを段々取り戻す。また勝てるようになる」

「給料が月に六万しかなかった頃、麻雀で二十万稼いできて食わせとったんや」
幾度となく聞かされた話だ。
私は、そんな父にこう言われて育った。
「人間、遊んで暮らさな損やで。まっとうに生きるなんてアホらしい」

時を経て、私もまた、博徒になった。とある法則を発見し、月に三十万の金を得ていた頃もある。日経新聞の小さな記事から気付きを得て、二百万を得た事もある。数千万張って、数百万が揺れ動く。勝つばかりではない。勝てば贅を尽くすが、負ければ貧する。当然の事である。所詮は泡銭、最後には手元に残らないのである。遊んで暮らしたり、働いて暮らしたり。山あり谷あり。人より高いが落ちるのも、また、深い。

この地へ来る半年程前に、負けが込んで、一月で最後の泡銭、二百万を失った。そして慚愧の念と共に、思いを噛み締めた。博打など辞めよう、と。畑でもして暮らそう。

しかし、何故かまた博打をしていたのである。もう辞めたはずでは無かったのか?
意思薄弱。されど、僥倖。谷に転がり落ちてなお、救われる。
戦国時代、戦に備えた野武士達が、農民の姿を隠れ蓑にしていたように、私もまた、農民のふりをしていただけであったのだ。
本日、百万を得た。これを種銭に、動乱に乗じてさらに稼いでやろうと。性懲りもなく考えている。

前回の記事で、人は油ランプの灯りで暮らせる事を書き、電力会社から、某カレーチェーンからも削除要請があったり、命を狙われたりするのではないかと思い不安になったりしたのだが、当然そんな事はなく平和に過ごしている。

しかしながら今日書く記事もさらに敵を増やす事に成りかねない。かなり危険である。書こうか書くまいが逡巡したが、知恵は万代の宝、読者の為、人類の新たな歩みの為に命を投げ出すつもりで書こう。凄い事に気付いてしまったのだ。これを書いた瞬間、ネットという世界の中を、文字通り光の速度で情報は駆け巡り、状況を一変させるであろう。ニルバーナがスメルズ・ライク・ティーン・スピリットで一夜にしてグランジをトレンドにしたように。私の名は、ひっそりと、でも確実に、歴史に刻まれる事になる。ボーイスカウトをやっていた先輩ですら着火材を使っていたのだ。しかし、今後ホームセンターは着火材の在庫を大量に抱え、着火材を造る会社は倒産し、その取引先にまで悪影響は及ぶ。でも、日時計が電波時計に代わったように、馬車が車に変わったように、木製がプラスチック製に変わったように、手紙がメールに変わったように、古い物は新しい物へと取って代わられる。これも世のうつろい、世の定めではないだろうか。
こうも考えられる。人間の作り出す物の半分は、あとの半分の物が原因で起こる問題を解決する為に使われている、という説がある。一つ例を挙げると、蒲柳の質、喘息持ちである私がいましているこのマスクがそれである。さまざまな物を作りだすのに伴い、空気を汚してしまいマスクが必要になった。物というのは疾っくに溢れ返りすぎて、すでに飽和状態にあるのかもしれない。その事に気付き始めたからこそ断捨離という言葉を皆が口にするようになったのだ。生産から廃棄へ。その流れがあるとすれば真っ先に捨てられる物、それが着火材だったのである。長すぎて面倒臭くなったので結論を書こう。
「油を染み込ませたキッチンペーパーを燃やせば着火材になる」

この事に気付いてしまい火を熾すのが楽になった。近くて見えぬは睫である。夏は、外でいらない紙を燃やして火を熾しており、煙が出ても構わないのだが、室内で燃やす今はそういう訳にいかず、仕方なしに着火材を使っている。その普段使っている着火材よりよく燃えるし、何より安上がりだ。ペーパーが燃え尽きて火が消えそうなら、さらに油を垂らせば消える事なく燃える。

冬は緑茶をよく飲む。ぐびぐび緑茶を飲んでいる。一日のほとんどがティータイムである。常々この残った茶葉を何とか利用できないものかと気になっていて調べてみたら用途を見つけた。
「残った茶葉で燻製ができる」

そして、早速一日燃えている炭を使い、玉子、玉ねぎ、ウインナー、チーズ、家の中にあったあらゆるものを燻製にしてしまい、それを肴にしてる。あぁうまい。
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今さらだけどちゃんと収納してみる
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七輪に灰が溜まり、火鉢みたいになっているせいか、コーナンの炭の品質が良いせいなのか、炭がゆっくり燃えている。炭一本を半分に割って、午前と午後でそれぞれ使いきるペース。部屋全体が暖まるなんて事はないけども、近くに置いておくと遠赤外線でじんわりと暖かい。時間はかかるけど、お湯も沸かせるので大量にお湯を沸かし、ポットで保温しておき、残った湯は洗濯に使っている。カレーももちろん炭火で作ったし、鍋をすれば常に熱々で食べられるし、ご飯を温めるのにも使っている。ガスは米を炊く時しか使ってない。

バッテリーの電気を使い果たしてしまい、電気が満足に使えておらず、ブックオフで全部半額で10枚程買ってきたCDも、最初から最後まで聴けたのは一枚だけである。計算上では、100wのパネルなので、数時間でも充電しておけば、7wのライトなど容易く使えるはずであるが、三時間使った所で電圧低下のアラーム音がピーピー鳴り響いた。翌日、電流はどうだろうかと思い、テスターを当てたらヒューズを飛ばしてしまった。100Wだから8.3A流れているのか。そこまでテスターが対応してなかった。そもそもこんな計算であってるのかも分からない。考えたくもないので、電気の使用を止めた。

シーチキンの缶に穴を開けて、綿の紐を入れて燃やせば蝋燭の代わりになるというのは知っていたので、やってみたらすぐに燃え尽きた。油なら何でもいいのだろうと思い、料理に使っているオリーブ油をウイスキーの蓋に入れ、キッチンペーパーでこよりを作って火を付け灯火にしている。こんな事誰も教えてくれなかった。これで十分だ。電気なんかに頭を悩ましているよりか、何も考えずに火を眺めてぼんやりしておく方が遥かにいい。

叔父さんの家にあったのと、ハイジを見てたから、昔から暖炉や薪ストーブに強い憧れがあって、雪で冷したビールを暖かい部屋で火を眺めながら飲むのはさぞ旨いだろうなどと想像していたものの、火鉢に灯火で十分でないかと思えてきた。


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少ない材料でおいしいカレー。※中毒性あり

私はカレーが大好きなはずなんだけど、今までおいしいカレーを食べた事がないので、その結果、カレー好きではあるが、カレーは不味いものと認識していて、そんな訳が分からない状態から抜け出す為に、一念発起して完成させた味。ネットで見たレシピを忠実に再現したら薄すぎたので改良を重ねている。コクが出るものばかり入れてるので不味い訳がない。

おろししょうがとニンニクをバターでさっと炒め、みじん切りにした玉ねぎ2個を加えてよく炒める。

それにカレー粉大さじ3を加えてさらにかるく炒める。固形ルーでは話しにならないので、インディアン食品のカレー粉を入れる事。便宜上、大さじ3とか書いてるけど、私は量ったりせずに、ドバッと入れてます。

水煮トマト缶を投入、さらに水200cc程を缶をすすぐようにして加える。
プレーンヨーグルト200g入れる。
何でもいいけど、鶏肉を適当に入れる。

キムチの素とウスターソースを大さじ1~2ほど入れて、あればローレルも入れて煮る。いつも圧力鍋で20分くらい煮れば鶏肉がホロホロになってておいしい。味噌汁を作る要領で、仕上げに粉末のかつおだしと味噌を好みの塩分濃度になるまで入れて、クリープをたっぷり入れてコクを出してできあがり。

これをベースとして、バターと醤油で味付けを変えたり、豆カレーにしたり、マッシュポテトを入れたりしてもおいしいです。色々アレンジしてみて下さい。
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窓からの眺めはいつもこんな感じ。

室内6℃、外は-2℃。雪は軽く積もっている。寒い。寒いが、予行練習としては最適であろうと思い、すぐさまカブでツーリングへ出かける。

装備は、アウターシェルにラフ&ロード エキスパート ウインター スーツを着てミッドレイヤーにコーナンジャンパーを着て、ベースレイヤーは適当に化繊を着込んでいる。この度、モンベルのスーパーメリノウールの代わりに、アクリルのベースレイヤーを一策として買ったら、けっこう暖かいいし、着た感じもゆったりしていて、寝巻きの下に着用しているのだが、それも今回は着ていないし、つなぎのインナーも着ていない。余力は十分ある。二時間程かけて隣街へ行ったのだが、冷えたのは指先だけだった。靴下も薄手のを一枚しか履いていないが、プロノの長靴のおかげで冷える事はなかった。ハクキンカイロ PEACOCKの熱が逃げる事なくジャケット内に留まってくれるので、上半身は暖炉の前にいるかのように暖かい。

指先の冷えだけ課題が残るが、カイロをグリップに貼り付けて対応できないかと考えている。グリップヒーターを付けるのはあまり気が進まないので、それ無しで済ませる方法を模索している。

そして隣街へ行くと晴天であった。私の住まいがある方を見ると、灰色がかっていて遠くまで見渡す事が出来なかった。雪が降っているのである。どうして峠一つ隔てただけで、こんなにも天気の具合に差がでるのだろうか。雪はいつ止むのだろうか。何故こんなにも雪が降る所に住もうと思ったのだろうか。謎だらけである。

(スノータイヤ銘柄メモ)
D503

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